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伝統の「WBAフライ級」タイトル

オールドファンであれば、王座のまま夭逝した大場政夫のことも思い出すであろう、伝統あるベルト。



今、このベルトをめぐり、亀田サイドと坂田サイドでもめているようだが(亀田、王座返上?)、このベルト、そんなに簡単に返上できる位軽いものなのだろうか。

自分がボクシングにはまってからの約20年くらい前からの、王座の変遷をたどってみたい。

日本人キラーとして定評のあった、パナマの軟体動物、イラリオ・サパタを3-0判定で攻略したのがフィデル・バッサ(コロンビア)であった。(1987年2月13日)6度の防衛を果たすも、伏兵、ヘスス・キキ・ロハスに3-0の判定で敗れ、王座陥落(1989年9月30日)。バッサの評価が非常に高かったこと、ヘスス・キキ・ロハスが韓国で陳潤彦に敗れていたことから、意外に思った記憶がある。

ロハスは初防衛戦で、韓国の新鋭、李烈雨の挑戦を受け、2-1判定で王座陥落。(1990年3月10日)この試合はリングジャパン社から購入したビデオで見たが、右肩を故障していたロハスが、左一本で戦ったものであった。ロハスの同門、レオ・ガメスが金奉準との再戦(WBAミニマム)を、けがを理由に再三延期して、ついには試合に応じなかった前例があるため、ロハスにツケが回った、との話である。

李は、同年7月29日、水戸でレパード玉熊(国際)の挑戦を受け、10回TKO負け。僕はこの試合はリングサイドで観戦していたが、真夏にもかかわらず、クーラーのない暑い会場であった。体格にまさる玉熊が、李を接近戦で圧倒し、根負けさせた試合であった。玉熊は同年12月ロハスとの防衛戦を引き分けでクリア(玉熊優勢に見えたが)、しかし網膜剥離を起こしたこともあり、翌年3月、エルビス・アルバレス(コロンビア)に大差判定負け。

アルバレスは、同年6月、元WBC王者で玉熊に議論を呼ぶ判定勝ちを収めたこともある、金容江に判定負けで王座陥落。強烈なダウンを奪ったにもかかわらず、アルバレスの単調な攻めが目立った試合であった。しかし、2度防衛後の1992年3度目の防衛戦でアキレス・グスマン(ベネズエラ)に12回判定負けを喫し、王座陥落。

アキレス・グスマンは戦績が凡庸なため、アンパイとして呼ばれたのであろうが、金は接近戦に巻き込まれ、完敗。

グスマンは、92年12月、初防衛戦で、帝拳と契約していた同国人、デビッド・グリマンに判定負け。

グリマンは、日本で3階級制覇を目指す井岡弘樹を退けるなど、2回の防衛に成功するも、94年2月の3度目の防衛戦でタイのセーン・ソー・プロエンチットに意外な完敗。セーンの技巧、スタミナが目立った試合であった。

セーンは井岡を下すなど、9度の防衛に成功するが、1996年11月にベネズエラの伏兵、ホセ・ボニージャに判定ながら完敗。

ボニージャは井岡、山口らを下し、3回防衛するも、98年5月、アルゼンチンのウーゴ・ソトに敗れる。ソトは日本でユーリ・アルバチャコフに挑戦しKO負けした選手である。

ソトは99年3月、レオ・ガメス(ベネズエラ)に3回KO負け、王座を失う。

ガメスは同年9月、タイのソーンピチャイ・クラティンデーンジムに8回KO負けで王座陥落。
ソーンピチャイは2000年8月、2度目の防衛戦でエリック・モレル(プエルトリコ:現在のWBOバンタム級暫定王者)に判定負け、王座陥落。

モレルはその技巧から安定王座となることが期待されるも、あのロレンゾ・パーラのスピードにはついてゆけず、ダウンを喫した上での判定負け。

そのあとは、もうご存じのとおり、坂田、デンカオ、亀田弟、となるわけですね。

ううん、玉熊さんが苦労してとったベルト、あれは現場で見て感動したなあ。専門誌の予想でも、4-6で不利だった記憶がある。そんなベルトを簡単に放棄できるのか・・・

亀田弟と坂田なら、ファイター同士、噛み合う試合も期待できそうだ。亀田の勢い、パワーか。坂田のスタミナ、手数、老練さか・・・

いずれにせよ、試合開催に向け、関係者のご尽力に期待したい、と思う。

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テーマ : ボクシング
ジャンル : スポーツ

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いやー、さすがにとんち番長さん。素晴らしいです。
自分と同じ時代から長い間ボクシング見てたんですね。
まったく自分と同じ時代でピンポイント当たってるので大変嬉しい限りです。
なかなか周囲に自分がボクシングを見始めた80年代からのファンが少ないのでこのような文を読むたび嬉しくてもの凄いテンション上がります^^!!
WBAフライ級は本当に伝統ですよね~。
自分はパナマのイラリオサパタに帝拳ジムの穂積秀一が挑戦した時は深夜の録画放送を寝不足になりながらワクワクみてました。地味ながらも終盤にサパタがバネの効いたパンチで穂積をダウンさせた時は、日本人と中南米の選手の身体能力と柔軟さの違いをまざまざと見せ付けられたものです。
当時はそれこそ、サパタといい勝負しそうな日本人はレパード玉熊みたいなボクサーかもな…と思ってたんだけど、当時はよもや数年後に玉熊選手が世界王者になるとは思ってなかったから、もっぱら妄想の中でマッチメークしてたものです(笑)
玉熊は消極的な選手だったけど、チャンピオンカーニバルで西川浩二に挑戦してから打ち合いのファイトスタイルを開花させたと思ってます。
地元、青森での世界初挑戦の金との試合は負けたけど、かなり好きな試合でした。玉熊が中盤からロープ背負いながらも細かいショート連打で金をぐらつかせたのには痺れました。見ましたか?

あと、ウルフ佐藤が番狂わせで田中健友を倒したのにはびっくりしましたし、そのあとタイガー道上がブレイクした時は自分はウルフ佐藤を応援してました。あまのじゃくなんです(笑)

また、ミドル級の大和田正春対大和武士戦は自分のベスト5に入る素晴らしい試合です。浜田剛史のストイックさも好きでしたが、尾崎富士男選手のいぶし銀の渋さも好きでした。アトランティックシティでのマーロン・スターリングへの世界挑戦は今も記憶に残る名勝負です。
喜友名対大橋、今里対ナオト、杉谷満対飯泉健二、丸尾忠対畑中清詞……うーん今思い出しても凄くよかった時代でした。
確かに余り世界王者はなかなか出なかったけど、だからこそ中学生の自分は本当に妄想ばかりして楽しんでましたね。
もし、杉谷がアズマーネルソンとやったら…、ミゲル・ロラに今里が挑戦したら面白いよなァー…とかね(笑)
あの頃に1番見たかったカードは大橋秀行対宮田博行(現宮田ジム会長)戦でした。当時、宮田博行は高校生新人王で注目株だったし、憧れの選手は大橋さんと公言してましたよね。
実際にも試合の話があったけど、網膜剥離で宮田選手が引退してしまい実現できずに終わったのが残念でした。

いやいや、しかし、テンション上がりすぎで、話が尽きませんわ(笑)
このまま、とんち番長さんと酒でも一杯やりながら、古き良き時代にのボクシング談議で話明かしたいくらいです(笑)

長文すみませんでした

追伸、大橋対柳、渡辺二郎対カオサイも見たかったです。

ガメスはソーンピチャイにKO負けではなかったっけか…?

コメントありがとうございます

闘犬さま

ご指摘ありがとうございました。訂正入れておきました。

なし様

確かに、僕がボクシング観戦にはまった時期とかぶるようですね。
僕が初めて生でみた試合は、日本フェザー級タイトルマッチ、浅川誠二対タイガー道上でした。激しい打撃戦に感動した思い出があります。この前座には、鬼塚も出ていました。浅川さんも亡くなってしまったんですねえ。僕は個人的には、ここ20年くらいのフェザー級では、浅川がナンバーワンだったと思います。打たれ強さを除いては。越本とやっても、集中力さえ切らさなければ、浅川が上だと思います。彼のベストバウトを一つ挙げろと言われたら、王座に返り咲いた松本好二戦ですかね。園を相手にポカをやった浅川と、上り調子の新王者、松本。予想もやや松本有利だった気がします。が、三回くらいからプレッシャーを強め、一方的に攻めまくり、判定勝利となりました。浅川のテクニックで感心したのは、松本をロープにつめた際、得意の左フックをうつ溜めを作るために、一瞬サウスポーにスイッチしていたことです。浅川、顎さえ強ければ世界の器だったなあ・・・。杉谷は攻撃力は抜群でしたが、戦略が単調で、自分はあまり評価していませんでした。エスパラゴサ敗戦後、植田竜太郎に敗れた時も、そんなには驚かなかったですね。植田自身は無冠に終わりましたが、のちの王者、古城にも勝っていましたから。

玉熊対金は、ポイントの読み違いでしょうね。ラスト二ラウンド、もっと行かせるべきでした。高橋会長と話をすると、ショート連打を打てた玉熊と、自分の言うことを聞かないで大きなパンチばかり打つトラッシュ中沼への愚痴ばかりでしたね。脱サラした七年くらい前は、少し暇していたので、よく国際ジムに顔出して、高橋会長と話をしていました。当時、東大医学部生ボクサーだった稲村選手がいて、高橋会長から、僕のほうが大学の先輩になるので、稲村選手の応援をしてくれ、といわれ、チケットを購入したりもしましたね。その後、予備校講師になってからは、東大理3(医学部)を目指す生徒を励ましてもらうために、予備校に来てもらったりもしました。一度はバンタムで日本ランク入りしたのですが、結局大成できなかったのが残念です。一度はタイトルに絡ませてあげたかったのですが。彼に勝った臼井は大場に、姫野は現インター暫定王者、久高と対戦し、三枝は中広に挑戦しているので、勝負所で勝てなかったのが痛かったですね。

宮田さんが網膜剥離やったのは、小見山カツミ戦でしたね。大橋対宮田のカードは、さすがに大橋の勝ちでしょうね。パワーが違いすぎました。

大橋対喜友名は、現行の世界戦ルールなら、喜友名の勝ちでしょうね。手数が違いすぎます。この試合はフルでユーチューブにありますよ。

カオサイ対二郎は、ジョーさんの興行のエキジビジョンでは見ました(笑)。

No title

サパタ王朝は何とかなんないかなとイライラして観ていた記憶があります。いや~、憎らしいくらい強くて巧かったですね、サパタ。個人的に選手として好きだったのはセーンだったりします。長身で痩せぎすでアッパーが切れてましたね。ポーン・キングピッチもこんな選手だったのかなと思いました。ポーン2世と言われてたのも納得です。

個人的に亀2は返上でなく剥奪でいいと思います。私はガチガチのアンチ亀田ということもありますが、彼を歴代の世界王者と認めたくないです。防衛戦をやる気がなければなおさらですね。コンセプシオンが坂田とやって欲しいと思います。

チャベスのボディ・ブロー様

コメントありがとうございます。このままゆくと、坂田対デンカオで正規王者決定戦ですか…
亀田大毅本人はともかく、お金が欲しい周囲がやらせないでしょうね。
防衛戦やらせないで返上した例としては、新井田の前例もありますので、うまいこと逃げてしまうのでしょうか。
まあ、しばらくは静観するつもりです。

とんち番長さん

浅川は自分も世界王者の器だったと思ってます。
福田健吾との試合は見ましたが、アイドルばりの人気だった福田に黄色い歓声沸きまくりでしたけど、浅川が勝って静まり返りましたよね(笑)

杉谷満はボクシング自体はワンパターンだったとは思ってましたので植田に負けたのはしかたがないと自分も思ってましたわ。
ただ、同じ北海道出身だったので応援してましたけどね。エスパラゴサに挑戦したときの杉谷に子供が出来てたんですが、その息子は今や、北海道日本ハムファイターズでプロ野球選手になってますからね^^
早く一軍で活躍しないかなと待ちわびる今日この頃です。たくさんお金を稼いで親父にジムを開いてやりたいって、地元ローカルのファイターズ応援番組で見た時は感動しましたわ。いい息子さんに成長したものです。
杉谷の誠実な人柄を受け継いだ好青年でした。
ぜひとも頑張ってほしいですよ。
いちを自分は日ハムファンなんで(笑)

ちょっと話それますが、鬼塚が高校生の時、インターハイで自分の先輩がⅠラウンドで倒されたのですが、凄かったです。
前歯折れかけてましたからね。あれにはびっくりしましたわ。
確かLフライだったんですけど、こんなに凄い奴が全国には犇めいてるんだなとビビったものです。
本名の鬼塚隆でボクシングマガジンのアマチュアコーナーに毎回インターハイ王者として写真載ってたので有名人でしたから知ってましたけど、実際に試合を見たのは初めてだったので衝撃でした。
けど、翌年川島に負けてインターハイ王者の座を明け渡すんだけど、その試合は高校アマチュアの世界では今も伝説の名勝負になってますからね。
プロ転向後、両者がJrバンタムで同じ時期に世界王者(WBA鬼塚、WBC川島)で重なってた頃に統一戦として見たかったですよね。
鬼塚が網膜を痛めてるのを隠して世界タイトルを防衛し続けてたのは先輩から聞いて知ってました。まるで修行僧の様にストイックに自分を追い詰めながらいつもギリギリでリングに立ってたらしいと話を聞いた時は衝撃でした。アルマンドカストロ戦の後からほとんど片目しか見えなくて、それを周囲に言ってしまうとボクシングを辞めさせられるから、周りにも一切言わなかったらしいんです。でも、何も知らない世間は鬼塚が毎回防衛戦で苦しみながらギリギリで勝ってくのをバッシングしてましたから、本人は精神的に辛かったんだと聞きましたし、家族や両親は鬼塚がそこまで命懸けに戦うのが痛々しくて見てられなかったと言ってたみたいですね。
鬼塚とはデビューしたての頃に一度ホールでバッタリ会ったんですけど、まだ初々しい感じで自分が持ってたボクシングマガジンに鬼塚の記事が載ってんのを見せたら、凄く嬉しそうにはしゃいでたのを今も思い出しますよ。
しかし、世界王者となってからはストイックなイメージしかうつらなくなり勝っても余り喜びを表に出さなくなりましたからね。
今思えば命懸けでリングに立ち、常に失明の恐怖感と隣り合わせだったのかなと。
鬼塚はけして言い訳をしない男なので周りはそういった事情は知らず、離れてく者もいたらしいんですが、自分はそんな鬼塚を今も最高のボクサーとして尊敬してます。
ただ、そういった事実を当時トレーナーだった古口さんには打ち明けてたのでしょうかね?
もし言ってないんだとしたら、世界王者として防衛してた頃の彼は相当孤独だったと思いますし、何だか切ない気持ちになります。

なし様

浅川の試合はよく見に行きました。
ただ、福田戦だけは、あの異様な雰囲気がいやで、2試合ともテレビ観戦でした。
確か、初戦では福田が先制のダウンを奪ったけれども、逆転負けでしたね。

園との試合では、園が前の試合に負けていて、ランキングも最下位の10位でしたので、心に隙ができたのでしょう。園はひたすらガードし、愚直にワン・ツー・スリーの連打を繰り返し、浅川は軽くいなしている感じでしたが、一発で試合が終わりましたね。解説の浜田さんが、試合中「なめていると危ない」と言っていたのが当たってしまったのが印象的でした。その勝利者インタビューで、園がすぐに引退を声明したのも印象的でした。

浅川はあの試合を落としていなければ、国内で朴に挑戦できたかもしれないですね。敵地で朴に挑戦した試合は、劣悪な環境下、健闘したと思いますが、頑丈さだけでエスパラゴサを攻略した朴に真っ向から打ち合いを挑んだら勝てないですね。日本でやっていれば、ポイントを意識したボクシングができたと思うのですが・・・。エロイ・ロハスに神戸で挑戦した試合は、相手が悪すぎましたね。浅川の持ち味は中間距離での多彩なコンビネーションでしたから、懐の深いロハスとはかみ合わなかったです。

そういえば、杉谷の息子さんは日ハムにいるんですよね。アスリートとしての遺伝子を受け継いでいるのでしょう。がんばって、大成してもらいたいですね。

鬼塚は、現役中にジムやホールで何回か見かけましたが、他を寄せ付けないオーラ出しまくりでした。世界を取ってからは、接近戦を好むファイターになってしまいましたが、目に原因があったのですね。

今は、よくしゃべる解説者になってしまいましたが・・・。
内藤対亀田弟の試合の解説に関しては、自分のブログでも謝罪のコメントがあったと思いますが、どうしてもTBSの選手寄りですね。たぶん、自分が現役時代に「疑惑の王者」扱いされていたので、亀田一家には心のどこかで同情している面があるのかも、と思っています。

古口さんは、鬼塚の目が悪いことは知っていらしたようですが、たぶん網膜剥離までは知らなかったと思います。古口さんは選手の健康管理には気を配る方でしたから・・・。知っていたら、引退させていたと思います。4回戦の試合でも、自分の選手がダメージを受けると比較的早めにタオル投げていました。

古口さんは、川島との対戦については言及していませんでしたが、辰吉との試合の可能性については多少触れていました。たぶん、鬼塚が、ボディの弱い辰吉を攻めあげて、明確に勝つだろう、とおっしゃっていました。辰吉のラバナレス戦を見れば、さもありなん、という気がします。

僕も、孤高の王者、鬼塚は好きでしたし、尊敬に値する選手だと思っています。
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プロフィール

とんち番長

Author:とんち番長
後楽園通い、20年超えた、筋金入りのボクシングマニアです。東大や国公立医学部志望者の高校生や大学受験生に「受験」英語を教えることが仕事です(つまりしゃべりは全く駄目です)ので、たまに英文を引用して、受験生のひまつぶしにもなればいいと思っています。結構試験でのツボがあるかもしれません。

なお、かなりのスロ好きです。「デビルマン・悪魔降臨」の画像のプレミア性を理解できた方も、相当マニアなはずです。

この16384の1のプレミアボーナスは、明が美樹の首だけになった遺骸を葬るシーンが、フリーズを伴い、画像表示されるのが基本だとお気づきでしょうか。これは、実は何の変哲もない、よくありがちな美樹が悪魔に追いかけられる画面から入ったのすが、連続演出中にプレミア引いたのでしょう。

自称プレミアハンターで、特に初打ちでプレミアを引くのが得意です(笑)。今日現在、神に5回愛されています。

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