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日本フェザー級の系譜…

今日の朝日新聞を読んでいたら、日ハムの杉谷選手が2番・セカンドでスタメン入りし、活躍した、とのことであった。下の名前が「拳士」であることからもわかるように、元日本フェザー級王者・杉谷満氏のご子息である。朝日新聞に、そのことへの言及がなかったのは遺憾であるが…。

そんなわけで、自分がボクシングにはまってからのフェザー級の名選手を徒然に綴ってみたい、と思う。

実は、僕が後楽園に初めて赴いたのは、「日本フェザー級タイトルマッチ・浅川誠二対タイガー道上」であった。前座にのちのWBAジュニアバンタム級王者の鬼塚が出ていたりと、今思えば豪華な興行だった、と思う。浅川は神戸拳闘会所属の、新進気鋭の若手王者、一方道上は元日本ジュニアライト級王者で、一階級おとしての挑戦であった。道上は短躯ながらも、筋肉質のようで、足の筋肉がものすごかった記憶がある。試合自体は、一進一退の打撃戦で、パンチの正確性では王者が上回っていた。ただ、もともと打たれ脆さという爆弾を抱える浅川もたびたび窮地に陥った。結果は、王者の判定勝ちであったが、挑戦者も自分のボクシングができたという満足感があったのだろうか、この試合がラスト・ファイトになった。

浅川は、上記の杉谷満がWBA王座挑戦のために返上した王座を、一度は惨敗している帝拳の加納一也を破り、戴冠したのであった。浅川の試合では、アイドル・ボクサーとして話題を振りまいた福田健吾の二度の挑戦を一蹴した試合、杉谷が世界戦でアントニオ・エスパラゴサに敗れて再起戦で選んだ相手、植田龍太郎(番狂わせで杉谷をKO、世界ランクを奪い、WBA2位まで上がった)との激戦が思い出される。植田戦では、2回に杉谷を倒した重い右クロスを被弾し、大ピンチに陥るも、3回に正確なコンビネーションで逆転した試合が思い出される…。

このまま順調に行けば、普通に世界戦も行えたのであろうが、好事魔多し、「完全なアンパイ」として選んだはずの園寿和にまさかの4回KO負け、運命が狂い出す。園は、浅川戦の前ではノーランカーに判定負けをしており、戦績も5勝(1KO)4敗、という挑戦資格が疑われるくらいのものであった。昔の「ロジカルコンテンダー」制が敷かれていたならば、確実に挑戦できなかったであろう。試合も、浅川はスパーリング感覚だったのではあるまいか。軽めのコンビネーションを、軽く出し続けていた。コーナーでは、セコンドと笑顔で談笑していた。園は、浅川の顔面への攻撃は、ブロック、パリーで被弾を最低限に食い止め、ボディは我慢していたのであろう。そして、浅川の手が止まると、愚直にジャブ、ワンツー、右ボディへとパンチを繰り出す。

そして「奇蹟」が4回に起こった。不用意にロープに詰まった浅川の顔面に、園の左右フックが吸い込まれるように打ちこまれた。浅川は前のめりに倒れた。明らかに効いている。途中、体を起こし、正座の恰好で自分のコーナーを見ている。結局、立ち上がれないで、10カウントを聞いた。本人は、無意識のうち、立っているつもりだったのかもしれない。(同じような光景は、ナナ・コナドゥ対アブラハム・トーレス第2戦でも見ている。日本で職人的な巧さを見せ、辰吉、葛西にレッスンを施したトーレスが、中座したままファイティングポーズをとっていた姿は印象的である。トーレスのイメージが、「あしたのジョー」のカルロス・リベラとダブって見えたのは僕だけであろうか…)

園は、あっさりと王座返上、引退、空位となった王座はA級トーナメントでドローとなった、松本好二対渡辺司のリマッチであった。トーナメントでは、松本が勝者扱いだったが、僕が現地で見た限り、渡辺の右の方が効果的、と思えた。ただ、再戦では松本が圧倒、7回にKOで勝利、王座に就いた。

松本の初防衛戦は、前王者、浅川であった。予想では、松本の勢いが買われ、松本有利だった記憶がある。確かこの試合は、当時の僕としては珍しく、南側で見た記憶がある。(テレビは、南からの撮影なので、テレビ中継がある試合は、北で見るのが好きでした。一番安いチケットで、階段に座ってよく見ていました。今では禁止されているようですが。)実際、2回には松本の左ストレートがクリーンヒットするなど、浅川の不調が目立った。しかし、序盤の手ごたえが良すぎたせいか、松本は本来のサウスポーからの右ジャブ、フットワークを忘れ、浅川の正面に立つようになっていった。こうなれば、ペースはパンチ力に分がある浅川のものだ。左ボディでダメージを与え続け、終盤には一方的な展開となり、3-0判定で浅川の王座返り咲き、となった。森田健さんの採点が98-96だったのは噴飯ものであったが。(この人、悪い人ではないのであろうが、採点になるとプロモーター有利になる傾向がある。辰吉対トーレスでも、98-95で辰吉、であった…。)

浅川はその後、王座を返上、敵地韓国でWBA王者・朴泳均に挑むも、打撃戦の結果、KO負け。ただ、この試合はいい試合だったと思う。園に敗れていなければ、初挑戦は国内でできていたかもしれない。その後、OPBF王座に就くなどし世界ランク返り咲きを果たし、地元神戸でエロイ・ロハスに挑むも、5回KO負け、リングを去った。この試合はテレビ局やプロモーターの協力がなく、浅川のお兄さんらが手作りで実現した、と聞く。浅川のお兄さんは、灘校→京大法学部、というエリートであったが、仕事より、弟の夢を優先したとも聞く。浅川はこの試合を最後に引退するが、その後、水難事故で不帰の客となってしまった。浅川ファンであった自分にはかなりショックであった。

さて、日本王座であるが、松本も一度、朴に挑戦して敗れた後も保持し続けたが、元WBAジュニアウェルター級王者、平仲明信の実弟、信敏に奪われる。僕はこの試合に関しては、画像も見ていないのだが、完敗だった、とは聞く。その平仲弟が世界戦のため返上したあとに再び王座を獲得した松本は、国内では敵なし、の状態になってゆく。安定したボクシングが光っていたと思う。ただ、世界の壁は厚く、1クラスあげての韓国でのチェ・ヨンス戦は善戦するも判定負け、ラストファイトになったフレディ・ノーウッド戦では、相手の体重オーバーというハンディはあったにせよ、身体能力の違いで完敗であった。

 平仲弟は、世界戦を二度経験している。エロイ・ロハスには、ダウンを奪うも善戦の判定負け、ルイシト・エスピノサにはなにもさせてもらえず、TKO負けであった。その後の彼は、スーパーフェザーにあげて、国内のライバルたちと激戦を繰り広げてゆく。三谷大和戦では、1回終了間際、痛烈なダウン(レフェリーは森田さんでしたが、今のマーチンさんなら、文句なしにストップでしょう)を食らうも、そのあと踏ん張り、判定負け、長嶋健吾戦では、前半は長嶋のスピードに翻弄されるも、中盤以降はダウンも奪い優勢、ただし終盤にダウンを奪われ、僅差の判定負け、日本タイトルマッチではコウジ有澤と2回対戦し、初戦では初回ダウンを奪うも、微妙なスプリット負け、再戦ではコウジの体力に圧倒され、4回TKOに敗れた。この第二戦は、南のA列の真ん中あたり、というかなりいい席で見た記憶がある。レフェリーは森田健さんであったが、このときはストップがはやいなあ、と思った記憶がある。そして、これが平仲のラストファイト、になった。その数ヶ月後、交通事故で鬼籍の人となってしまったのである。偶然だろうが、松本好二から日本のベルトを奪ったふたりがもうこの世にいない、のである。

さて、松本時代が終わり、次に日本トップに就いたのが、越本隆志であった。正直、彼の試合は映像で数試合、生観戦だとOPBF王者時代、木村鋭景戦だけであるが、印象としては線の細さが強く、世界に行けるとは思えなかった。木村戦では、僕は木村の攻勢のほうが有効に見えたほどである。案の定、初挑戦のノーウッド戦では惨敗、2度目の、チ・インジン戦で僅差の判定勝利を収め、世界奪取となった。これで精神的に燃え尽きたのであろうか、初防衛戦ではルディ・ロペスにKO負け、引退となった。現在はジム会長の傍ら、政界進出も模索しているようであるが、先の統一地方選挙では、民主党公認ということもあり、県会議員にはなれなかったようである。

日本王座には、その後、木村、雄二ゴメス、が続くが、総合力では木村はかなり高いものを持っていたと思う。ゴメスに敗れたのは、ゴメスの強打に対し、「too cautious」だった感がある。そのゴメスは王座奪取後のノンタイトル戦で韓国ランカーに秒殺(この試合は生で見ましたが、韓国人のオープニングショットがゴメスのテンプルに当たり、意識が飛んでいたようだ。)されてしまった。そして、ゴメスは防衛戦では関西の新鋭、洲鎌栄一にKO負け、洲鎌は長期政権を期待されたが、75キロくらいから体重を落としてきたという、大之進くまにいや倒れのような9回ストップ負け、その後世界ランク入りし、韓国でチ・インジンに挑戦し、「幻のダウン」を奪うも逆転負け、引退となった。

くまは防衛戦ではかなり苦戦が続いたようだ。特に、阿部元一と二試合は、あきらかに負けであった、と聞く。そんな試合でも、九州のジャッジは100-92でくまにつけていたというから、あきれたものである。阿部はこの二試合で運を使い果たしてしまったのか、くまに勝った榎洋之が返上した王座を榎と同門の渡辺一久と争うも、意外な初回KO負け、高い身体能力を持つ渡辺は将来を嘱望されたが、ハードクリンチャーの梅津の前に自滅、引退しK1マックスへと流れていった。梅津の初防衛戦は、現在のWBCスーパーフェザー級王者、粟生であった。粟生はときたま戦の細さを見せるも、何とかポイントをピックアップし、日本王座を奪取、現在の地位への足がかりとした。粟生は前述の榎と、日本およびOPBF両王座をかけ争うも、三者とも114-114という珍しいドロー、もっとも、試合は粟生のペースにも見えたが、榎の重厚なジャブが相応の評価を得たのであろう。その後の二人の運命は、対照的であった。榎は無敵王者、クリス・ジョンに挑戦、判定では大差であったものの、いい試合を見せてくれた、と思う。榎もこの後、ダメージの蓄積からか、凋落の一途をたどっているが、ジョンも最近では試合感覚も開きがちで、いいパフォーマンスはみせていない。

その榎に番狂わせで勝った李は日本王座につき、一階級下げ、世界王者の肩書を得ているのが、運命的ではある。榎は李戦後、細野悟のOPBF王座に挑むも、判定負け。試合内容は五分に近かったようだが、そういう場合、大概判定は無敗の新鋭に流れるものである。そして、再起を期して世界ランカーに挑むも、完敗、引退となった。細野は一階級さげ、プーンサワットに挑むも、2-0ながらも明白な判定負け、その後空位の王座を元王者、梅津と争い、戴冠、二度目の世界挑戦のチャンスをうかがっている…。

という感じで、最近20年くらいの126ポンド級の流れを概観してみた。実績面では、世界まで行った越本、李なのだろうが、二人ははたして松本好二、浅川誠二に勝てたのであろうか、という疑念は常に付きまとう。浅川は、「打たれ脆さ」さえなければ、ここ20年のフェザーでは実力トップだと、自分では思っています。

長々と駄文につきあってくださった方、ありがとうございました。













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とんち番長

Author:とんち番長
後楽園通い、20年超えた、筋金入りのボクシングマニアです。東大や国公立医学部志望者の高校生や大学受験生に「受験」英語を教えることが仕事です(つまりしゃべりは全く駄目です)ので、たまに英文を引用して、受験生のひまつぶしにもなればいいと思っています。結構試験でのツボがあるかもしれません。

なお、かなりのスロ好きです。「デビルマン・悪魔降臨」の画像のプレミア性を理解できた方も、相当マニアなはずです。

この16384の1のプレミアボーナスは、明が美樹の首だけになった遺骸を葬るシーンが、フリーズを伴い、画像表示されるのが基本だとお気づきでしょうか。これは、実は何の変哲もない、よくありがちな美樹が悪魔に追いかけられる画面から入ったのすが、連続演出中にプレミア引いたのでしょう。

自称プレミアハンターで、特に初打ちでプレミアを引くのが得意です(笑)。今日現在、神に5回愛されています。

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