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短躯のファイターについて・・・思い出話など

昨日、今日とセンター試験、今日は生徒が自己採点をする日なので、お休みでラッキーです。
センター試験、数学はやや簡単に思えましたが、自分の受け持ちの生徒は心配だなあ、と思いつつ、アイスクリーム(ハーゲンダッツです:最近はまっていてやばいです)を食べながら朝刊を眺めていました。

閑話休題、ということで、本題に戻りたい、と思います。

やはり一番に出てくるのは、パスカル・ペレスなのでしょうね。今ならばミニマム級の体格で、相手を打ちのめしていた…。ダイジェストではなく、フルバージョンで見たことがあるのは矢尾板さんとの第二戦だけですが、フットワーカーを追い詰める足、も凄かったように思います。当時のアルゼンチンが、ペロン軍事独裁政権下、ということもあり、海外での転戦を余儀なくされていましたが、たとえば今のロマゴンとやったら面白そうだなあ、と思います。

ただ、個人的に海外の選手で一番思い入れがあるのは、南アフリカのジェイコブ・マトララでしょうか。公称145センチの体で、フライ、ジュニアフライを制しました。とりわけ印象に残るのが、アメリカでマイケル・カルバハルを血だるまにしてストップした試合でしょうか。カルバハルはここで一旦引退を宣言し、カムバックしてホルヘ・アルセに逆転のKO勝利を収め、王者として引退したはずです。マトララも、カルバハルから奪ったIBAタイトル(確か、カルバハルと戦うために、わざわざメジャータイトルのWBOは返上したはずです)の防衛戦を引退試合とし、勝利を収め、マンデラ大統領から祝福を受けた、と聞いています。

(ちなみに、ペロンもマンデラも、「ゴルゴ13」に出ています。もちろん架空の話ですが、ゴルゴは収監中のマンデラに助けられて生き延びた、というシーンもありました。この漫画も息が長いですね。)

クルーザーのドワイト・ムハマド・カウイも印象的でした。168センチの体を生かして、潜り込むように攻める、まさに重戦車、でした。二戦目は完敗でしたが、ホリフィールドとの第一戦はスプリットの判定負けで、勝ったほうのホリフィールドが脱水症状(15ラウンドで10キロ体重が落ちたらしいです)で病院送り、だった記憶があります。

日本だと、天龍数典がまず頭に浮かびます。日本タイトルの防衛のしすぎで、モチベーションが落ちた典型的な例でもある、とも思います。一度は完勝したのちの世界王者、友利に初回KO負けでベルトを失っています。日本タイトルの位置づけは難しいですね。せめて、日本王者になればボクシングだけで飯が食える状況にならないと、このスポーツの未来は明るくないと思います。ボクシングから総合に転向した渡辺(一)は、負けがほとんどですが、ゴールデンタイムのテレビにも映ることから、たぶんボクサー時代よりも金銭面では恵まれていると思います…。

フェザー級のスパイダー根本もいい選手でしたが、やはり日本王座在位が長すぎたのでしょうか。もっとも、彼は日本王者になる前、一度世界戦を経験し、惨敗を喫していますが…。確か、引退後は公務員に転じたものの、定年間際の最近になってジムを開いたようですね。

あとは、ジュニアライトのタイガー・道上も印象的です。実は、自分が後楽園に初めて行ったのは、彼がフェザーに落として、故・浅川誠二選手のタイトルに挑戦した試合でした。浅川には打たれもろさという爆弾がありましたが、この試合では道上の強打によく耐えて、有功打の差で、判定勝ちでした。ただ、両者のポジショニングなどを勘案すると、ペース自体は道上選手のものだったと今にしては思います。

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テーマ : ボクシング
ジャンル : スポーツ

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こちらには久しぶりの書き込みとなります。昨年9月の一瞥以来ですが、今後ともよろしくお願いします。

今までに見た小さい選手で、インパクトがあったのはグティ・エスパダス(シニア)ですね。公称152cmと言っていましたが、日本で対戦した高田次郎、触沢公男よりも頭一つは小さかったし、フライ級としても小柄だったベツリオ・ゴンザレスやアルフォンソ・ロペスよりもまだ小さかった。ベツリオとの試合など、ベツリオがバンタム級の選手に見える位でしたから、実際は150cmそこそこだったんじゃあないでしょうか。
これが試合となると、こんな小さい体のどこに、ってくらいにパワフル。「豆タンク、小型戦車」という表現がまさにぴったりで、パワフルな連打の回転があがるともう手が付けられない。
ロペスを返り討ちにし、高田、触沢を一蹴した強さから見て「これはミゲール・カントでも止められないのでは?」と思ったほどでしたが、ベツリオ・ゴンザレスの老獪なインファイトに持ち前のパワーを封じ込められて敗れた報を聞いたときには「意外!」という感想を持った事を覚えています。後年、RJからこの試合のビデオが発売されたのを入手して見た時、ベツリオのベテランの味を生かした老獪さにボクシングの奥の深さを再確認させられたのも印象深いです。

他には月並みかもしれませんが、ジョー・フレイジャーですね。ヘビー級としては小柄な180cmそこそこで、リーチにも恵まれないにもかかわらず、小さい体をさらに低く構えて、激しいボディーワークを交えた動きから巨漢の懐に潜り込み、必殺の左フックを叩き込む。ジミー・エリスを文字通りぶっ倒し、モハメド・アリを左フック一撃で吹っ飛ばした’69~’71年ころのフレイジャーはまさしく「スモーキン(蒸気機関車)ジョー」の異名どおり迫力満点でした。これほど強かったフレイジャーがフォアマンに吹っ飛ばされたのを初めて動画で見た時は、得体の知れない怪物を見た様な、寒気がする怖さを感じました。対戦が無かったケン・ノートンやラリー・ホームズとの対決も見てみたかった。ノートンとはガチガチに噛み合った激烈な打撃戦になったろうし、アーニー・シェーバースに苦戦したホームズなら、フレイジャーの左フックが炸裂してぶっ倒せた可能性もかなりありそうな気がします。

余談ですが、パスカル・ペレスが海外での試合を余儀なくされた原因は、ペレスが元々は独裁者ペロン大統領の肝煎りでロンドン五輪で金メダルを取り、その後プロ入りして白井義男さんに勝つに至る時期まで、一貫して「ぺロニスタ(ペロン党)」の広告塔の役割を勤めており、1955年秋にペロン政権が軍部のクーデターで失脚した影響で、アルゼンチン国内での立場が危うくなり、ペロンが亡命したドミニカに同行した事がその原因となっていたのだそうです。
(詳しくは佐伯泰英氏の「狂気に生き・上巻、パスカル・ペレスへの旅」を参照)

吉法師 様

こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね、エスパダスがいましたね。おやじが小柄なファイター、せがれが長身のボクサー型という、謎の親子ですね。

ジュニアはルイシトを破って王座についた、と記憶しています。
今月発売の専門誌に、ルイシトが渡米した際のマネージャーの選択を誤っていなければ、パッキアオのような存在になれたかも、という記事がありました。おそらくは、素質ではルイシトのほうが上だとも…。

渡米第一戦で、ケネディ・マッキニーを破った時も、王者ルイシトが10万㌦、マッキニーが15万ドルだった記憶もあります。

ジョーさんと組んでいれば、また違ったボクシング人生を歩んでいたでしょう。
結局、「高級かませ」になってしまい、ファイドアウトしてしまいましたね。引退後はお金に困窮し、アメリカで皿洗いの仕事で糊口をしのいでいる、とも聞いています。人生、難しいものです。
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プロフィール

とんち番長

Author:とんち番長
後楽園通い、20年超えた、筋金入りのボクシングマニアです。東大や国公立医学部志望者の高校生や大学受験生に「受験」英語を教えることが仕事です(つまりしゃべりは全く駄目です)ので、たまに英文を引用して、受験生のひまつぶしにもなればいいと思っています。結構試験でのツボがあるかもしれません。

なお、かなりのスロ好きです。「デビルマン・悪魔降臨」の画像のプレミア性を理解できた方も、相当マニアなはずです。

この16384の1のプレミアボーナスは、明が美樹の首だけになった遺骸を葬るシーンが、フリーズを伴い、画像表示されるのが基本だとお気づきでしょうか。これは、実は何の変哲もない、よくありがちな美樹が悪魔に追いかけられる画面から入ったのすが、連続演出中にプレミア引いたのでしょう。

自称プレミアハンターで、特に初打ちでプレミアを引くのが得意です(笑)。今日現在、神に5回愛されています。

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